きものスタイリスト大久保信子 きもの語り 晴れ着の丸昌 横浜店

きものと伝統芸能

連載第2回のテーマは、「日舞」と「歌舞伎」。
大久保信子さんがきものスタイリストとして活躍されるうえで、大いに役立ったという伝統芸能のお話です。

日舞から学んだ、きものの所作

――前回のインタビューで、日舞を習っていたとお聞きしました。

六歳から日舞を習い始めました。本当はクラシックバレエを習いたかったのですが、母に「(衣裳から)お尻が出るような習い事はダメよ」と反対されてしまって。日舞ならよし、とお許しが出たの。でも、実際に始めてみると、とても楽しかったんです。

習い始めてから間もなく疎開することになり、いったんお休みしましたが、中学生になって再開しました。学校と自宅のちょうど間に先生のお稽古場があってね。部活には入らず、日舞にのめり込んでいました。流派は藤間流です。

十五歳のときに発表会で「子守」を演じた大久保さん。

高校生になってからも日舞を続けていました。「保名(やすな)」という演目もやりましたね。安倍保名が恋人を失って狂乱するという歌舞伎の舞踊曲なんですが、どうして高校生がこれを演じることになったのでしょう(笑)。今思い出しても、不思議だわ。

――以来、ずっと日舞を続けていらしたのですか。

いいえ。二十歳ぐらいまで日舞を続けていましたが、短大を卒業後に結婚・子育てに追われて……。その後のことは第1回でお話したとおりです。大人になって日舞を再開したのは、六十五歳になってからなの。

――六十五歳ですか! それはなぜでしょう。

きものスタイリストになってから、きものを着たときの立ち方や座り方、手の組み方やお辞儀のし方など、さまざまなポーズをモデルさんに指導する機会が増えてきまして。そのときに、日舞でおぼえた「所作」がとても役に立ったんです。とはいっても、日舞を習っていたのは40年以上も前のこと。記憶もおぼろげだったので、思いきって再び始めることにしたんです。

たとえば、立ち方。お腹をきゅっとしめて、重心を前足にかけます。少しひざを曲げて、右ひざを左ひざにかけるようにして立つと美しく、自然に見えます。カメラに対して真正面に立つよりも体の左側を少し前に向けると、きものの上前がきれいに見えますよね。

きもの姿での美しい立ち方や、扇を使った踊りの所作を披露してくださった。藤間勘太恵として現在も舞台に立つ。

こうして口で言うのは容易いですが、やってみると案外難しいんです。指導する立場の人が理解できていないと、なかなか相手にも伝わりません。「理解する」とは「芯がある」ということ。私自身、日舞で学んだことが自分の中にしっかり芯となって存在することで、自信を持って伝えられるようになりました。

日舞の所作で学んだことがもうひとつあります。女性は年齢を重ねれば、肌のハリや髪のボリュームなどに衰えが出てきてしまいますが、美しい所作でこうした衰えを補うことができるんです。美しい所作、そして姿勢は、女性を美しく、溌溂と見せてくれるもの。日舞を習って実感したことです。

日舞に限らず、茶道でも華道でも、お琴などでもかまいません。きものを着て日本の伝統文化に触れることは、きものを着たときだけでなく、日々の暮らしの意外なところで生きてくると思いますよ。

歌舞伎で学んだ、着付けのコツ

――ところで、大久保さんのご趣味は何ですか。

大の歌舞伎ファンです。初めて歌舞伎を鑑賞したのは小学生のころ。実家の呉服問屋の新年会で、従業員の皆さんと鑑賞に出かけました。子どものときは歌舞伎よりもお弁当が楽しみで、大人の後ろをくっついて行っていましたが、次第に面白くなってきたんです。中学生のときに、友人4名で歌舞伎座の三階席で観たのをよくおぼえています。

今でも玉三郎さんと菊五郎さんのファンで、時間を作っては歌舞伎座に通うようにしています。演技やストーリーそのものも楽しんでいますが、歌舞伎の鑑賞はきものの着付けの勉強にもなるんですよ。

――どのようなところが勉強になるのでしょうか。

歌舞伎は、役者のきものの色や柄で、観客が視覚で瞬時に役柄を認識できるようにできています。たとえば、お姫さまなら何枚も重ねて着てリッチさを出すとか、やり手のお婆さんは大きな格子柄のきものを着ているだとか、田舎娘は深緑色の衣裳をまとうとか。きものの着方やコーディネートで、役柄の世代、キャラクター、地位など表現できるのも興味深いですね。

歌舞伎の着付けそのものにも興味がありました。あんなに重い衣裳をどうやって手早く着付けているのか、舞台で着崩れしないのはどうしてなのか、とても不思議で。江戸時代から連綿と続く着付けのコツを知りたくて、歌舞伎の着付け師 を養成する教室にも通いました。

――本格的ですね。どのくらい通われたのですか。

三十三歳から十年ほど通ったかしら。面白くて、あっという間に時間が過ぎていきました。先生がお手本を示し、それを見ながらひたすら実践の繰り返しでした。役者がさっと着替えられるような技や、役者が動きやすいように紐の数を最小限にして、できるだけ負荷をかけずに結ぶ方法など、効率がよく、合理的な着付けのし方があることを学びました。現在の着付けは、江戸中期に確立したといわれています。歌舞伎の着付けは、まさに着付けの「原点」といえるでしょう。

歌舞伎をきもので鑑賞するなら

――話は歌舞伎鑑賞に戻りますが、大久保さんはいつもどのような装いで鑑賞されていますか。

和装が多いわね。でも、歌舞伎鑑賞に、服装はこうでなくてはならない……という決まりごとはありません。あまり堅苦しく考えなくていいと思いますよ。ただし、座席によっては装いを変えるといいかもしれませんね。三階席はカジュアルすぎなければ、どんな服装でもいいと思います。いっぽう、一階席や一階の桟敷席は目につく席でもありますので、身なりをきちんと整えたほうがいいでしょうね。きものなら小紋、付け下げ、紬がよいのではないかしら。

――訪問着を着て鑑賞するのは大袈裟でしょうか。

そうねえ、華やかなきもので目立ちすぎてしまうのも、どうかしら。でも、新春歌舞伎など、おめでたい時期の鑑賞であれば、場に華やぎが増してよいと思いますよ。私は歌舞伎座に出かけると、ロビーや桟敷席にいらっしゃるお客さんのきもの姿をチェックします。おしゃれな人の着姿を見ることも、コーディネートや着付けの勉強になるんです。演目が「助六」のときに、紫のきものや小物を身につけている人を見つけると、「おぬし、やるな」なんて、心の中で拍手したりすることもあるんですよ(笑)。

歌舞伎座には客席にランクがある。贔屓の役者や演目にちなんだ色柄を身につける粋な演出を楽しむコーデも。

きもの豆知識

お題:一階桟敷席で
新春歌舞伎を鑑賞

対象年齢:40代〜

新春らしい華やぎを

鼠色がかった藤色の地色に、桜や流水の文様が道長取りで染められている訪問着。袋帯は鳳凰と鏡裏文が織られ、渋い色ながら金糸で華やかさを出しています。帯揚げ、帯締めは白系ですっきりと。悪目立ちせず、品のいいコーディネートで、桟敷席にもほどよい華やぎを添えられるのではないでしょうか。

教えてください! 愛用の一着

竹の皮に糊をぬって乾燥させ、細かく砕いてから、濡らした生地に蒔いて白く抜く「蒔き糊」という技法を用いた小紋。薄いグレー地に散る白い点々が、粉雪が舞うように見えますが、帯次第でさまざまな見立てができる一着です。帯は大久保さんの親戚が染めた紅型の名古屋帯で、鶴に松の柄行きがおめでたいので、お正月や新春の踊りの発表会など、晴れやかな席に出かけるときによく合わせます。

大久保信子さんのきもの語り
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大久保信子さんのご紹介

1976年に某着物雑誌の制作に関わり、日本で初めて「きものスタイリスト」として紹介される。それ以降、ハースト婦人画報社、世界文化社、プレジデント社などの各雑誌、NHK、その他各種テレビ番組、着物取扱い業者のパンフレットなど、着物のスタイリングおよび着付けに幅広く携わる。十数年の日本舞踊の経験や、歌舞伎鑑賞を趣味としており、着物に関する奥行きの深い知識と美学を身につけている。常に、着る人の立場に立って、その人の持っている美しさを最大限に引き出すスタイリングと着付けには定評がある。