きものスタイリスト大久保信子 きもの語り 晴れ着の丸昌 横浜店

涼を楽しむ

連載第五回のテーマは「夏」。
きものやゆかたの選び方、TPO、涼やかに着こなすコツなど、暑い季節に和装を楽しむヒントを、
大久保信子さんに教えていただきました。

衣替えのタイミング

――今年も暑くなってきました。6月は、きものを袷(あわせ)から単衣(ひとえ)に衣替えする時期だと聞いたことがあります。

袷とは裏地のついたきもののこと。以前は10月から5月いっぱいまでは袷の季節といわれ、裏地のない単衣のきものは6月に入ってからとされていました。でも、現代は温暖化の影響で、東京や横浜だと5月なのに夏のような日が多くなったでしょう? そんなときに袷のきものなんて着ていたら、暑くて暑くて……。第三回のときにもお話ししましたが、私は二十四節気の「立夏(5月5日ごろ)」を過ぎたころから、そろそろ単衣を着てもいいと思っているの。むしろ、暑い日には我慢しないで着ています。

夏に出番の多い絽(ろ)や紗(しゃ)のきものは生地の透け感が、着ている自分自身はもちろんのこと、周りの人にも涼感を与えます。光が当たったときのモアレも美しいですね。絽は6月中旬から9月いっぱい、紗は7、8月の盛夏に着ます。

――昔からのルールに縛られる必要はないのですね。

神経質になる必要はありません。ただし私は、半衿は6月1日に絽などの夏物に、10月1日には塩瀬などの袷用に切り替えます。帯揚げも同日に夏物、袷用に切り替えています。なんでも自由に、ということではなく、半衿と帯揚げだけはルールを守ることで、「私は衣替えをしています」「最低限のしきたりを守っています」という気持ちをあらわしているの。そういうことが、きものの「粋」につながるのではないかしら。

四季のある日本では、昔から衣替えは季節の節目の行事のようなものでした。平安の貴族は1か月ごとに着るものや調度品も変えていたという説もあるくらい。そこまでする必要はもちろんないけれど、「節目」というのは、きものを着るうえでも大切にしたいですね。

6月1日から半衿と帯揚げは絽などの夏物に。帯締めはできるだけ涼しげな素材や色を選んで。

――半衿を切り替えるということは、長じゅばんの素材も変えたほうがいいですか。

いいえ、長じゅばんは体質や気候に合わせればいいのよ。暑がりさんや汗かきさんは、一年中、麻や絽の長じゅばんを着ていても問題ありません。

――きものの振りから、麻や絽の生地がちらっと見えてしまいそうですが……。

ええ、全然かまいません。礼装であってもかまわないんです。ただし、半衿と帯揚げだけはルールを守って。そこさえ外さなければ大丈夫です。

涼しくきものを着る工夫

――暑がりさんでなくても、夏はできるだけ涼しく装いたいものです。大久保さんはどのような工夫をされていますか。

肝心なのはきものの「下」。肌着や着付け小物でいかに涼しくできるか、だと思うの。肌着は夏に限らず、いつでも晒(さらし)木綿の肌じゅばんを愛用しています。とくに暑い季節は汗をしっかり吸って、汚れたら洗濯機で洗えるものが便利です。

帯板は、市販のものならメッシュタイプがおすすめです。通気性がよく、やわらかいので体になじみます。でも、私がふだん使っているのは、ボール紙(厚紙)をマイサイズにカットした手作りの「即席帯板」。ボール紙は100円ショップで売っている方眼紙でいいのよ。自分の脇から脇の長さを横幅にとり、縦は帯幅より約1cm短めにカットするだけ。横幅が長いと太って見えるし、逆に短いと帯を締めたときに両脇にしわが寄ってしまいます。市販の帯板だと長さの調整ができませんし、厚くて硬いものは着姿が太ってみえます。その点、「即席帯板」なら、ボール紙だから薄くてやわらかいでしょう。ヨレヨレになってきたら、ためらわず新しいものに変えられるのもいいんです。

帯枕もいろいろありますが、私はへちまを使ったものが好き。これも手作りしています。乾燥へちまを水に一晩漬けてやわらかくします。お風呂場などで踏んで薄くしたら、手で帯枕の形に整えます。これを干して水分を飛ばしたら、手ぬぐいでくるみ、さらに薬局などで売っているガーゼで包めば、でき上がり。ガーゼは前で結ぶひもになるので、体型にもよりますが、長さが140cmくらいあれば足りるでしょう。

へちまのいいところは、軽くて涼しいところ。それと、体にぴたっとフィットするので、ずれたり下がったりしにくいんです。私は長いままへちまを取り寄せて、半分に切って太いほうを若い方、細いほうを年配の方に差し上げることもあります。年齢に合わせて、帯枕の高さを自在に変えられるのもへちまの良いところです。

なんでも自分で作って試してみる大久保さん。手ぬぐい製の伊達締めとへちまの帯枕も、試行錯誤を繰り返し、現在の形になった。

それと、もうひとつ。長じゅばんには、手ぬぐいで作った伊達締めを使います。正絹博多織の伊達締めと違って、手ぬぐいは木綿なので滑らないし、汗も吸ってくれる。洗濯機で洗えるからいつでも清潔な状態で使えます。この伊達締めなら締めるだけで補整の効果があるんです。

市販のものを上手に使えればいいけれど、もしも自分に合わないなと感じたら、思いきって手作りしてみるのも楽しいものよ。

大人がゆかたを楽しむなら

――夏といえばゆかたですが、大久保さんもお召しになりますか。

ゆかたは好きでよく着ます。おもに日本舞踊のお稽古や夏の着付け教室に。食事会などにも着て出かけます。よく「ゆかたで銀座を歩くのはありか、なしか」という話になりますが、フォーマルな場でない限り、どんなところにもゆかたで出かけていいと思っているの。

ただ、銀座を歩くなら、帯は名古屋帯、足袋を履いてから下駄を履いた方がいいわね。日本橋や青山あたりも、同じようなスタイルがいいと思います。

でも浅草や谷中、人形町など下町風情が漂う庶民の街なら、素足に下駄で、半幅帯をきゅっとしめた江戸っ子スタイルの方が粋に見えるわよね。

とはいえ、ある程度年齢を重ねた方は、足袋を履いてから下駄を履くほうが美しく見えます。出かける場所と目的でスタイルを分けるといいですね。では、私のお気に入りの一着「竺仙」さんの浴衣で、銀座スタイルと浅草スタイルで、それぞれコーディネートをしてみましょうか。

まずは銀座スタイル。名古屋帯は涼やかな淡いピンクの紗の献上博多帯で。帯の間に扇子をさりげなく挟みます。履物は草履と下駄の中間のような、エナメルのウレタン草履。新宿津田家さんで購入した愛用品です。軽くて履きやすい上に、雨にも強いので、梅雨時にもおすすめです。こちらには白足袋を合わせます。こんなコーディネートなら、堂々と銀座を歩けると思いませんか。

続いて、浅草スタイル。リバーシブルの半幅帯を合わせました。これは化繊の帯ですが、最近の化繊はすぐれもの。ゆるみにくく、締めやすいので案外出番が多い一本です。こちらはカジュアルに下駄を合わせて。素足に桐の下駄は気持ちがいいものです。金魚柄の団扇を手に、お祭りや花火大会に出かけるのはいかがかしら。

どちらのコーディネートも涼しく着たいので、半衿はつけません。夏は長いようで短いもの。この時期しか着られないきものやゆかたを、工夫しながら涼やかに着こなしてみてください。

きもの豆知識

「ゆかた始めは三社祭から」

ゆかたは夏の代名詞のようにいわれますが、東京では毎年5月17,18日に開催される「三社祭」からゆかたを着てよいといわれています。江戸っ子にとって、ゆかたがお祭りと切っても切れない関係であることがわかります。東京生まれ、東京育ちの私も汗ばむ陽気であれば、5月下旬からゆかたを着て出かけます。

いっぽう、ゆかた納めは9月中旬におこなわれる秋祭りの時季。祭りに始まり、祭りに終わる。いかにも東京らしい「ゆかた暦」ですが、こちらも衣替えと同じように、気候や地域によって異なります。お住まいの地域に合わせてゆかたをめいっぱい楽しんでください。

教えてください! 愛用の一着

薄いグレーの地色に笹の柄ゆきが涼しげな絽ちりめんのきものです。夏といえば、絽ちりめんが好きでよく着ています。地域にもよりますが、6月~9月まで長い期間着られるので経済的ですし、帯次第でカジュアルにも盛装にもコーディネートできます。素材は、ポリエステル。しわになりにくく、自分で洗えるところが気に入っています。仕事で遠方に出かけるときにも着て行きますし、海外旅行にもおすすめです。スーツケースに詰めてもしわにならないんですよ。帯は竺仙さんの展示会で一目ぼれした、絽の九寸名古屋帯。ブルーグレーにも見える墨色がやわらかい印象を与えます。波頭と千鳥の柄でさらに涼しげな装いに。帯揚げ、帯締めは淡いピンクで揃えて、すっきりとまとめました。ピンクは年齢に関係なく、どなたにも似合う色。「ピンクのきものや帯はちょっと……」という場合は、小物で色を差してもよいでしょう。

大久保信子さんのきもの語り
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大久保信子さんのご紹介

1976年に某着物雑誌の制作に関わり、日本で初めて「きものスタイリスト」として紹介される。それ以降、ハースト婦人画報社、世界文化社、プレジデント社などの各雑誌、NHK、その他各種テレビ番組、着物取扱い業者のパンフレットなど、着物のスタイリングおよび着付けに幅広く携わる。十数年の日本舞踊の経験や、歌舞伎鑑賞を趣味としており、着物に関する奥行きの深い知識と美学を身につけている。常に、着る人の立場に立って、その人の持っている美しさを最大限に引き出すスタイリングと着付けには定評がある。